5月28日に行われた第84回・東京優駿(日本ダービー)は、クリストフ・ルメール騎手が騎乗した2番人気・レイデオロが超スローペースのなか最初の1000メートルでポジションを上げるという思い切った競馬で優勝しました。

レイデオロを管理している藤澤和雄調教師は、1987年に厩舎を開業して以来、長年トップトレーナーとして活躍しており、多くの活躍馬を手掛けてきましたが、これまで、ダービーに勝つことはできなかったのです。

 

その藤澤調教師が、定年まであと5年という65歳で、ついにダービーに勝利。

レース前のインタビューでは、「あと5年、というか、まだあと5回もある、という気持ち」とふだん通りの穏やかな表情で語っておられましたが、ダービー後は本当に嬉しそうで、「やっぱり、勝ちたかったんだよなあ」と感じました。

 

藤澤和雄調教師は、若い頃から競馬関係の仕事を志していたわけではなくて、大学で教職の資格を得たものの、自分に教師は向いていないのではないか、と感じて、半ば「自分さがし」のように父親の友人の牧場で手伝いをするようになったそうです。

そんななかで、馬や競馬への興味を抱くようになった藤澤青年は、アイルランドの名門厩舎に留学します。

留学とはいっても、言葉の壁や技術の差、考え方の違いがあって、苦労も多かったそうですが、現地のスタッフからこんな言葉を聞いたのが印象に残っていると著書にありました。

 

“Happy people make happy horse.”

 

日本でもアイルランドでも、馬に対して真摯に接するのは同じだけれど、アイルランドでは、馬が主役であるのはもちろんですが、厩舎で働く人間が“Happy”であることを重視していたのです。

 

藤澤先生は、帰国し、難関の試験に合格して調教師となってからずっと、この言葉を運営している厩舎のモットーにしています。

馬をデビュー戦ではあまり仕上げていない、調教が軽すぎる、などと日本の競馬サークル内では批判されることも少なからずあったのですが、藤澤調教師は、結果でそういう声を封じてきました。

 

この藤澤調教師の著書を読んだ、今から20年くらい前、僕は大学で研修医として働いていて、

「自分を犠牲にし尽くして働くのが医者として当然なのだ」

と思っていました。

 

今から考えると、なんであの頃はあんなに気負っていたんだろう、という話なんですが、そんな日々に出会ったこの言葉に、救われたような気がしました。

「他者を幸せにするためには、自分が犠牲にならなくてはいけない」というのは思い込みや偉い人たちによる刷り込みでしかないのかもしれないな」って。

 

もちろん、仕事というのは楽しいものじゃない、というのは一面の真実です。

トレーニングはきついし、拘束されることも多いし、プレッシャーもかかります。

でも、無理ばかりして、「仕事を、人生を楽しむ」という姿勢がなくなると、長続きもしなければ、周囲の協力も得難くなるんですよね。

自分自身がまず幸せじゃないと、他者を幸せにすることは難しい。

 

幸せそうな人というのは、周囲の雰囲気を和ませてくれますし、ギスギスした態度をとっていると、コミュニケーションもとりづらくなります。

阪神・メッツ・日本ハムで活躍した新庄剛志さんは、僕と同世代なんですが、昔は「ただ明るいだけで、何も考えていなさそうなお調子者」だというイメージを持っていました。

しかしながら、自分が年を重ねていくにつれ、新庄さんのような「いつも上機嫌な人」というのは、ものすごく貴重な存在だということがわかってきたのです。

 

少なくとも、一緒に働く人にとっては、「落ち込んでいるのをケアする必要がない」というわけでも、だいぶラクなんですよね。

有能なんだけど、気分の変動が激しい人というのは、周りも困ってしまうのです。

 

仕事というのは厳しいものだけれど、いつも難しい顔をして不機嫌な医者だと、患者さんも話しかけづらいじゃないですか。

ちょっとした日常会話からの、重要な情報を得られないこともあるはずです。

そもそも、親が幸せそうにしているだけで、子どもというのは、人生に前向きになれるのではなかろうか。

 

もちろん、厳しさが必要な場合もあるとは思うんですよ。

でも、基本的には「自分が幸せじゃないと、他人を幸せにはできない」し、「幸せって、伝染する」ものではないかと。

 

僕は悲観主義者ですし、なかなか上機嫌でいることは難しいのですが、だからこそ、自分の気分の変動、とくにネガティブな方面を表出しないよう、努力しています。十分な成果があがっているかはさておき。

少なくとも、「真剣であること」「一生懸命であること」は、「自分が不幸であること」や「怒りや不機嫌を撒き散らすこと」と一緒ではないのです。

 

幸せな人が幸せな馬をつくり、幸せな馬が、また人を幸せにする。

幸せって、限られた資源じゃないのだから、遠慮することないんですよね。

うまくいかないことがあっても、諦めない、腐らない、幸せであることをやめない。

 

藤澤先生、日本ダービー優勝、おめでとうございます。

 

【お知らせ】
ティネクト(Books&Apps運営会社)提供オンラインラジオ第4回目のお知らせ。


<本音オンラインラジオ MASSYS’S BAR>

第4回テーマ 地方創生×教育

2025年ティネクトでは地方創生に関する話題提供を目的として、トークイベントを定期的に開催しています。

地方創生に関心のある企業や個人を対象に、実際の成功事例を深掘りし、地方創生の可能性や具体的なプロセスを語る番組。リスナーが自身の事業や取り組みに活かせるヒントを提供します。

【日時】 2025年6月25日(水曜日)19:00–21:00
【ご視聴方法】
ティネクト本音オンラインラジオ会員登録ページよりご登録ください。ご登録後に視聴リンクをお送りいたします。
当日はzoomによる動画視聴もしくは音声のみでも楽しめる内容となっております。

【ゲスト】
森山正明(もりやま まさあき)
東京都府中市出身、中央大学文学部国史学科卒業。大学生の娘と息子をもつ二児の父。大学卒業後バックパッカーとして世界各地を巡り、その後、北京・香港・シンガポールにて20年間にわたり教育事業に携わる。シンガポールでは約3,000人規模の教育コミュニティを運営。
帰国後は東京、京都を経て、現在は北海道の小規模自治体に在住。2024年7月より同自治体の教育委員会で地域プロジェクトマネージャーを務め、2025年4月からは主幹兼指導主事として教育行政のマネジメントを担当。小規模自治体ならではの特性を活かし、日本の未来教育を見据えた挑戦を続けている。
教育活動家として日本各地の地域コミュニティとも幅広く連携。写真家、動画クリエイター、ライター、ドローンパイロット、ラジオパーソナリティなど多彩な顔を持つ。X(旧Twitter)のフォロワーは約24,000人、Google Mapsローカルガイドレベル10(投稿写真の総ビュー数は7億回以上)。

【パーソナリティ】
倉増 京平(くらまし きょうへい)
ティネクト株式会社 取締役 / 株式会社ライフ&ワーク 代表取締役 / 一般社団法人インディペンデント・プロデューサーズ・ギルド 代表理事
顧客企業のデジタル領域におけるマーケティングサポートを長く手掛ける。新たなビジネスモデルの創出と事業展開に注力し、コンテンツマーケティングの分野で深い知見と経験を積む。
コロナ以降、地方企業のマーケティング支援を数多く手掛け、デジタル・トランスフォーメーションを促進する役割を果たす。2023年以降、生成AIをマーケティングの現場で実践的に活用する機会を増やし、AIとマーケティングの融合による新たな価値創造に挑戦している。
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(2025/6/16更新)

 

【著者プロフィール】

著者;fujipon

読書感想ブログ『琥珀色の戯言』、瞑想・迷走しつづけている雑記『いつか電池がきれるまで』を書きつづけている、「人生の折り返し点を過ぎたことにようやく気づいてしまった」ネット中毒の40代内科医です。

ブログ;琥珀色の戯言 / いつか電池がきれるまで

Twitter:@fujipon2

 

(Photo:Juan Julbe)